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2023.09.12
【プレ・レクチャー レポート!】 語らずにはいられない!ヘンデルの名作たち ~歌劇『ジュリオ・チェーザレ』と『メサイア』
この秋、芸術文化センターで上演されるヘンデルの名作、歌劇『ジュリオ・チェーザレ』とオラトリオ『メサイア』の2作品。当時、時代の寵児として様々なヒット作を生み出したスター音楽家ヘンデルの人間像から、オペラ、オラトリオというそれぞれのジャンルの解説、作品の魅力を、9月6日のプレ・レクチャーで講師お二人がたっぷりと語ってくださいました!お話の一部をご紹介します!
■ヘンデルとオペラ ~加藤浩子さん(音楽物書き)の解説より
ヘンデルはバッハと同じ年に同じ国で生まれましたが、音楽家としては全く異なる道を歩みました。バッハのように職業音楽家一家に生まれ、自身もドイツ国内の宮廷や教会に務めた“お雇い音楽家”ではなく、ヘンデルは外科医の父のもとに生まれ、自国ドイツからイタリアを経てロンドンで活躍した国際人。当時としては珍しくほとんどフリーランスとして活動し、自らプロデュースも行うなどマルチタレントぶりを発揮しました。英国に帰化したので、英国人はヘンデルを自国の作曲家ととらえていて、当地ではバッハよりもはるかに人気です。
オペラでは多くのヒット作をロンドンで誕生させました。“現在上演されているオペラの中でも最も古いヒットメロディを書いた人”だと言え、『リナルド』の「涙の流れるままに」、『セルセ』の「オン・ブラ・マイ・フ」などは現代でも多くの人が耳にしています。
当時のオペラは歌手が中心。特徴的なのはダ・カーポ・アリアと呼ばれる形式(初めのA部⇒中間のB部を経て⇒A部に装飾を施して反復するA´部を演奏するアリア)で、A´部の装飾を歌手が工夫して技巧的に聴かせる“歌合戦”としての楽しさがあります。
ヘンデルの全盛期に書かれた人気作『ジュリオ・チェーザレ』も44曲中29曲がこのような形式のアリアで、とろけるようなメロディと歌手の聴かせどころに溢れています。ストーリーの分かりやすさも人気の秘訣です。ジュリアス・シーザーがクレオパトラと出会って結ばれるまでのお話なので、ハッピーエンド。フランス革命以降のオペラの「人が死ぬ」というイメージとは違い、この時代のオペラは基本的にハッピーエンドなのです。
昨今、バロック・オペラ熱は高まっており、その要因には、近代になって古楽器演奏や、バロック時代のカストラートに代わるカウンターテナーの発声法が研究されて、バロック音楽の演奏技術が向上していることがあります。またバロック・オペラの荒唐無稽なストーリーが現代において様々な演出で面白さを加えられていることも一因です。
今回の『ジュリオ・チェーザレ』を演奏するバッハ・コレギウム・ジャパンは日本の古楽の演奏レベルを引き上げた功績のある団体。管弦楽・合唱にスタークラスの楽器奏者、歌手が揃っており若い音楽家も多いので、エネルギーがあります。鈴木優人さんはバロック・オペラを魅力的に聴かせる工夫をたくさんされる方ですし、森麻季さんは日本最高のクレオパトラ歌いですから、素晴らしい公演となるに違いありません。
■ヘンデルとオラトリオ~三ヶ尻正さん(ヘンデル研究/オラトリオ研究)の解説より
器楽と声楽による劇音楽のうち、演技を伴わないものが「オラトリオ」、演技を伴うものが「オペラ」です。オラトリオの語源は「礼拝堂」。16世紀に生まれたオラトリオ会というカトリック信徒の集会で、その最初と最後に歌われた宗教的な歌が起源です。徐々に集会の中での音楽の比重が大きくなり演劇性のあるものも増え、音楽ジャンルとして形成されました。オラトリオは当初2部構成で、数人の歌手と室内楽で演奏されていましたが、ヘンデルは当時3幕仕立てだったオペラと同じように3部構成とし、器楽、声楽共に大規模な作品を創りました。
ところで、当時のオペラが3幕構成なのには事情があります。ヘンデルのオペラは国会議員が集まる政治的な取引の場でもありました。ですから、取引を持ち掛け、それを検討した相手から回答を得て交渉するためには、3幕の時間と2回の休憩が必要だったのです。
『メサイア』はキリスト教の神髄を一晩で体現するような楽曲です。イエス・キリストの降誕から受難、復活、昇天まで、お話がサクサク進むエンターテイメント作品で、音楽的にも多彩です。
宗教的な題材ながら、全体的には明るい曲調です。また、イエスが命を奪われる受難の場面を、バッハの『マタイ受難曲』は詳細に劇的に描いているのに対し、ヘンデルの『メサイア』では非常にあっさりと歌われる一方、その後の栄光を称える華々しい曲は長く続きます。これには政治的な背景があり、“死なないイエス”を象徴として、前世紀の英国における名誉革命で追放された旧王朝の復権と永続性を主張しているのです。
『メサイア』には、「結合動機」という音楽的な仕掛けがあります。これはワーグナーの楽劇における「ライトモティーフ(示導動機)」のように聴くとすぐにわかるような動機(旋律のまとまり)とは違い、上昇や下降といった特定の音形やリズムを繰り返し使うことで、聴く人の深層心理に印象を残す手法です。例えば『メサイア』においては、キリストの降臨を物語る第1部では下がる音形ばかりを、受難に至る第2部では十字架音形と言って上がって下がる音形を、そして第3部は昇天なので上がる音形ばかりを使っています。このような仕掛けにより暗に長大な作品に統一感を与えているのです。
今回『メサイア』を指揮する濱田芳通さんを知る以前に、お父様の濱田徳昭さんが指揮した『マタイ受難曲』は聴いていました。この演奏会では現天皇陛下もヴィオラを演奏されていました。
芳通さんの指揮する公演を初めて聴いたのはオペラ『ラ・カリスト』だったのですが、その演奏に驚き、注目するようになりました。その後に聴いた『メサイア』も今までに聴いたことがないような演奏でしたが、決して荒唐無稽ではなく、研究に基づいて演奏されているので説得力があり、装飾も凝っていて感心しました。ぜひ皆様にも聴いていただきたいと思います。
講師:お二人による対談コーナーもあり、盛りだくさんのお話に花が咲きました。
■公演情報■
10月7日(土) 鈴木優人&BCJの歌劇『ジュリオ・チェーザレ』
11月25日(土) 濱田芳通&アントネッロの『メサイア』