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2025.05.09
「正夢」になればと願う初挑戦──宮里直樹(テノール、エリック役)インタビュー

今年3月には、第34回「出光音楽賞」の受賞が記憶に新しい気鋭のテノール、宮里直樹さん。芸術監督プロデュースオペラには初登場となります!これまでの歩みや、ゼンタに振り向いてもらえず悲嘆にくれる男性・エリック役への思いをうかがいました。
幼少期は、ヴァイオリニストのご両親からヴァイオリンの手ほどきを受けられ、高校3年生の頃、声楽に転向されたとのこと。その経緯や、どんな転機があったかについて、教えてください。
私には、3つ歳下の妹がいるのですが、私が高校3年生、妹が中学3年生の時、彼女の歌の稽古にピアノの伴奏として付き添ったことがあるんです。その時、先生が「お兄ちゃんは歌わないの?」っておっしゃって。やらないですとその時は答えたのですが、なんでもいいから歌ってみてと強く言われまして、その時知っていた曲、確かイタリア古典歌曲だったかと思うのですが、それを歌ってみたんです。そうしたら、ものすごい勢いで先生が「ぜひ歌をしなさい」と。その時は嫌ですと拒絶して帰ってしまったのですが、翌朝も先生から熱心に「ぜひ」とお電話があって。
私は、大学受験はヴァイオリンでと考えていたのですが、ちょうどその頃、所属していたジュニアオーケストラで、周囲の子たちと比べて「自分は本当にやっていけるのかな」と不安を感じていた時期でもあったんですよね。先生が熱心に、決してその場のテンションではなく「歌を」とおっしゃってくださるのなら、私にも可能性があるのかなと思ったんです。父にも「やってみたら」と言われ、「じゃあ、やってみようかな」というような軽い気持ちで始めました。
最初のうちは、人前で声を発するということがものすごく恥ずかしかったです。その気持ちを取り除くのには時間を要しましたが、周りの人たちから「ヴァイオリンをしていたからこそ音程がしっかりしている」とか、「音楽的な処理がスムーズだ」と言っていただけて、自信になりました。
『さまよえるオランダ人』という作品や、今回の役・エリックについては、いかがですか?
実は、私にとって、今回がドイツもののオペラへの初挑戦なんです!ずっとドイツものをやりたいという思いがあったんですよね。
これまで、宗教曲や、ベートーヴェンなどのドイツ人作曲家の作品には取り組んできましたが、いずれも身体にしっくりくるというか、心地いいな、嫌いじゃないな、と感じていました。イタリアものって、楽譜に書いていないことでも「慣習的に」やらなければならないとされることが多い、という印象があって、私はこれまでドイツ系の音楽を勉強してきたものですから、受け入れがたいなと思ったこともあるんです。けれど、ドイツものであれば、そうした「納得のできないこと」がなくて、私としては違和感がない。きっと今後、私にとっても非常に大切なレパートリーになるだろうと思っています。まして、『オランダ人』は、ワーグナーのこの後の作品と比較して、ぎゅっと凝縮された面白さがある。「ワーグナー初心者」が鑑賞されるのにもよいのではないかと思います。
エリックについては──なかなかひどい役ですよね(笑)。
オランダ人を救うための「愛」という強いテーマをもつ作品だと思いますし、もちろんオランダ人も(ずっと海をさまよっているというのは)かわいそうだと思うのですが、エリックはもっとかわいそうですよ。ゼンタは、それまではエリックと愛の言葉を交わしていたはずなのに、オランダ人と出逢ったときには、もう心を決めてしまっている。虚しいというか、かわいそうだな、それは怒って船も降りるよなと、つい感情移入してしまいます。その一方で、エリックは、物語にとってはあまり重要な役柄ではないなとも感じます。誰か引き止め役が要る、ならば恋人としてエリック、というように、オペラの内容は左右しない役柄として配置されたんだろうなと思います。
だからこそなのかもしれませんが、音楽としては、ものすごくメロディが綺麗。小難しいことはなく、悲痛の叫びもあり、ゼンタへの愛を綴る優しいメロディもあり。彼の登場シーンは、すごくメロディックで、聴きやすい部分が多いと思います。ワーグナー自身、テノールに対してそういう思いがあるんだろうなと感じて、嬉しいですね。とにかく「綺麗に歌う」というのが私の目標なのだろうなと感じています。
当センターの芸術監督プロデュースオペラへは初出演となりますが、意気込みをお聞かせください。
いつか出させていただきたいなとずっと思っていたシリーズだったので、本当に嬉しいです。出る前提で言うのもおかしな話ですが、もし出させていただくなら、何をやらせてもらえるのかな、なんて考えていました(笑)。そうしたら『オランダ人』だったので、ワーグナーか!とびっくりしました。私が歌うドイツものをみてみたいと、佐渡さんが思ったくださったのかなと。
共演者については、いかがでしょうか?
これまでに他のプロダクションでご一緒したことがあり、人となりがよくわかっている方ばかりなので、不安がまったくないです。とてもいいお兄さんお姉さんたちで、私が大好きなメンバー。髙田さんについては、本当に優しくて、こんなお兄ちゃんが欲しかったなとも思います(笑)。みなさんの胸を借りる気持ちで、すべて預けて飛び込んでいこうと思います。
当センターのお客様へ向けて、ひとことお願いいたします。
『オランダ人』は、登場人物があまり多くなく、混乱しにくいオペラだと思います。話もあちこち飛んだりせず、オランダ人の苦悩と、ゼンタの愛と、エリックのかわいそうなところと(笑)、とてもわかりやすい。オペラ初心者の方にも、導入としてお楽しみいただけるのではと感じます。私にとっても、今回初めての『オランダ人』なので、色々と夢を見ています。正夢になったらいいなと思います──エリックは、(そうならなければよかったのに、という意味で)「正夢になってしまった」と歌いますが(笑)。
ありがとうございました!
■公演情報■
佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2025「さまよえるオランダ人」
【全3幕/ドイツ語上演・日本語字幕付/新制作】
2025年7月19日(土)~27日(日) ※22日、25日は休演
兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
★宮里さんの出演は20、23、26日です。