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2025.07.15

【オペラがもっと楽しくなるコラム】「私とオペラ」連載 第5回

【オペラがもっと楽しくなるコラム】「私とオペラ」連載 第5回

オペラ・キュレーターの井内美香さんによる連載「私とオペラ」。第5回となる今回は、ワーグナー・オペラを巡るイタリアの劇場での上演の経緯について、その人気ぶりがうかがえる逸話や、大変興味深い裏話などをお話してくださいました。ぜひお楽しみください。

私とオペラ⑤
イタリアにおけるワーグナー

筆者が若い頃、日本への引越公演の準備のために毎日のように通っていたボローニャ歌劇場のホワイエには、ジュゼッペ・ヴェルディとリヒャルト・ワーグナーのレリーフが飾られていました。ボローニャ歌劇場の人たちは劇場の歴史を語る時に、「ワーグナーの主要作品は、全部うちの劇場でイタリア初演しているんだよ!」と誇らしげに教えてくれました。

ボローニャは歴史的に、イタリア・オペラの有名作品の初演はあまり多くありませんが、その一方でオーケストラ音楽が盛んで、外国のオペラの紹介にも積極的でした。歌劇場経営陣は、当時ヨーロッパ中で高い評価を得ていたワーグナーのイタリア初演を果たすことを決意します。ボローニャ市長カザリーニと指揮者アンジェロ・マリアーニは1871年8月にミュンヘンにいるワーグナーを訪問し、イタリア初演の段取りを話し合いました。

こうして1871年11月1日にボローニャ歌劇場で上演された《ローエングリン》は、ワーグナー作品のイタリア初演第一作目となります。当時の観客はワーグナーに熱狂しました。11月19日の公演にはヴェルディもボローニャ歌劇場を訪れます。ヴェルディは劇場に《ローエングリン》の楽譜を持参していました(当時としては珍しいことではありませんでした)。その楽譜に様々な意見を書き込みながら公演を観たのですが、コメントは結構ネガティブな内容が多く、114箇所の書き込みのうち78箇所は批判的なメモだったそうです。

 

ボローニャ歌劇場(撮影:井内美香/2013年)。
現在、この昔からの歌劇場の建物は修復工事中で、劇場の公演は郊外の仮劇場で行っています。

ボローニャ歌劇場はその後もワーグナーを初演する劇場としてトップを走り続けます。1872年に《タンホイザー》、1877年に《さまよえるオランダ人》、1888年には《トリスタンとイゾルデ》をイタリア初演。しかし他の歌劇場もボローニャの快挙を指をくわえて見ていたわけではありません。リング全曲は1883年にヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場が、《ニュルンベルクのマイスタージンガー》は1889年にミラノ・スカラ座がイタリア初演します。この戦いが最高潮に達したのは1914年でした。バイロイト以外での上演を30年間禁止されていた《パルジファル》の上演が解禁された年です。この年にはなんと、1914年1月1日にボローニャとローマで、1月9日にはスカラ座で、その後もこの年の間に、トリエステ、ピサ、トリノ、パレルモ、フィレンツェ、ヴェネツィア、ジェノヴァ、ブレーシャで《パルジファル》が上演されています。それは、イタリアにおけるワーグナー人気がいかに凄かったかが分かる“事件”でした。
 

井内美香(オペラ・キュレーター)

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