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2023.08.24

【オペラがもっと楽しくなるコラム】「私とオペラ」連載 第2回

【オペラがもっと楽しくなるコラム】「私とオペラ」連載 第2回

好評の連載第1回に続き、オペラ・キュレーターの井内美香さんのエッセイ「私とオペラ」第2回をお届けします。イタリアで長らく生活し、現地でのオペラ文化を身近に見てきた井内さんが独自の視点で迫るオペラの魅力。皆さんもぜひ、肩の力を抜いて、オペラを楽しむヒントを見つけてください。

私とオペラ②
“ヴェルディの声”は存在するのか?

オペラは歌う演劇なので「歌声」はとても重要です。でもオペラを歌うのにふさわしい「声」はあるのでしょうか?もしあるとすれば、それはどのような「声」なのでしょう?
オペラのレパートリーで重要な位置を占めているイタリアの作曲家ジュゼッペ・ヴェルディ。ヴェルディの故郷、パルマ郊外のブッセート市では、毎年「ヴェルディの声国際コンクール」が開かれています。ヴェルディの声コンクールは、ヴェルディのオペラを歌うのにふさわしい声を探すためのコンクールとして1961年に創設され、今年(2023年)も9月に開催されます。審査員はミラノ・スカラ座をはじめとするヨーロッパを中心とした歌劇場の芸術部門責任者や、著名なオペラ歌手などが務めます。過去の入賞者で現在活躍している歌手にはバスのミケーレ・ペルトゥージや、ソプラノのイリーナ・ルングなどがいます。

ジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901)

でも一体、ヴェルディを歌うのにふさわしい声とはどのような声なのでしょう?
昨年のヴェルディの声国際コンクールの審査委員長を務めたジャンニ・タングッチ氏に「ヴェルディの声」とはどのような声なのでしょうか?という質問をしてみました。タングッチ氏はイタリア各地の歌劇場で芸術監督を長年務めた後、現在はフィレンツェ歌劇場の若い歌手養成機関の芸術参与として活躍。アジア人歌手の起用にも積極的なことで知られています。
「私はどのような作曲家に対しても、その人のオペラを歌うべき声はこれ、という解答はないと思っています。重要なのは、良い歌を歌うこと。でもこの言葉にもさまざまな解釈が可能ですね。例えばヴェルディの《椿姫》を例にとりましょう。ヒロインのヴィオレッタは軽い声の人でも、より重量のある声の人でも歌うことが可能です。ヴェルディの理想的な歌い手を定義するとしたら、私にとっては言葉の明瞭さ、語りの演劇性、そしてレガート唱法です。私はラテン的な声質を愛していますが、現代ではヴェルディを歌う歌手の多くは東ヨーロッパから来ており、声がより硬質で力があり、押すように歌う傾向があります。しかし、それもまた有効で説得力のある歌唱になり得るのです」
「いずれにせよ、音楽に関しては全てが流動的であり、審美眼は徐々に変化するものです。そして定義付けは発展することもあれば、退化することもあります。どのようなレパートリーにおいても、偉大なるアーティストは観客を声とパーソナリティー、そして音楽性で納得させるものなのです」
という回答でした。「声」を選ぶ、といいながら実際は「声」を含んだ全体が大事だ、ということのようです。確かに時代、そして国によって音楽、そして声への好みは変化してきました。これからも変化していくでしょう。「良い歌を歌う」という意味もそれぞれ。そしてタングッチ氏の言う「偉大なるアーティストは観客を声とパーソナリティー、そして音楽性で納得させるもの」は、やはり真実であると思うのです。

井内美香(オペラ・キュレーター)

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