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2024.02.06

「蝶々夫人」の見どころに迫る!特別寄稿②

「蝶々夫人」の見どころに迫る!特別寄稿②

1904年2月17日、ミラノ・スカラ座での初演からまもなく120年となる「蝶々夫人」。2024年の佐渡裕芸術監督プロデュースオペラで16年ぶりの上演を果たす本作品は、世界にとって、日本人にとって、そして兵庫県立芸術文化センターにとって、「特別なオペラ」といっても過言ではありません。長年にわたり愛され、人々の涙を誘う本作品について石戸谷結子さんにご寄稿いただきました。

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蝶々さん――そのヒロイン像

石戸谷結子(音楽ジャーナリスト)

カレーラスの理想の女性は蝶々さん
まだ「三大テノール」が超人気だったころ、ホセ・カレーラスにインタビューしたことがある。「オペラの登場人物のなかで、理想の女性はいますか?」と聞くと、カレーラスは「蝶々さんです!」と答えた。「内に秘めた芯の強さを人に見せず、耐える女性だから」というのがその理由だった。
オペラには、恋人のために黙って身を引くヴィオレッタや、自由に生きる奔放なカルメン、楚々とした薄幸の美女ミミなど、魅惑の女性が登場する。そのなかでも自分を信じてひたすら待ち続けてくれる蝶々さんは、男性にとってはまさに、理想の女性かも知れない。

1904年「蝶々夫人」初演時のポスター アドルフ・ホーヘンシュタイン画(1858-1924)

蝶々さんの素顔
蝶々さんは、明治時代の長崎は大村の生まれ。幼いときに武士だった父が自害し、家族を養うために芸者になった。そして15才の春に、運命の人と出会った。女衒のゴローの仲介で、アメリカの海軍中尉ピンカートンのお座敷に呼ばれたのだ。会う前は野蛮な外人と嫌がっていたのだが、ピンカートンをひと目見て、考えを変えた。彼は背が高くハンサムで、陽気な若者だった。世界中を旅しているので話題が豊富で、蝶々さんが知らない珍しい話をしてくれる。すぐに彼を好きになり、ゴローの口車に乗せられて、「結婚」することになった。といっても正式ではなく、ピンカートンは999年の契約で、いつでも解約できるという条件で金を払っただけなのだが。おっとりと育った蝶々さんは、人の話をすぐに信じてしまう無邪気で純真な女性で、思い込みも激しい。本当の結婚だと信じ、夫の宗教であるキリスト教に改宗までしてしまった。
結婚式が終わって間もなく、ピンカートンは任務に就くため、蝶々さんに別れを告げた。「コマドリが巣を作り、バラの花が咲く頃には帰ってくるよ」と言い残して。女中のスズキやゴローが忠告しても、彼は必ず帰ってくると蝶々さんは譲らない。晴れた日には港の見える丘に立ち、「彼を信じて待つ」と心に誓う。じつはこの時、金髪の息子も生まれていて、ピンカートンが帰国してから3年の月日が経っていた。18才になった蝶々さんには無邪気さが消え、母としての強さも身に付けた。「もう以前のような私ではない」と、鏡台にうつる自分を見ながら、蝶々さんは涙を流す。
そんなとき、ピンカートンは帰ってきた。アメリカ人の正妻を連れて。そして子どもを引き取り、アメリカで育てたいと言い出したのだ。打ちのめされた蝶々さんだが、すぐにどうするべきか、決めた。子どもを渡し、「大きくなったとき、母親に捨てられたと思わないように」と、死を決意したのだ。なんと芯の強い、まっすぐな女性だろう。そして、屏風の陰で一人、「名誉に生きることが出来ない者は、名誉に死ね」という銘が書かれた父の形見の短刀で、自害して果てるのだ。


ジャコモ・プッチーニ(1858-1924)

蝶々さんが生まれるまで
19世紀の末、西洋には「ジャポニズム」と呼ばれる日本ブームが巻き起こっていた。不思議で神秘的な日本にあこがれ、日本女性を題材にした小説も流行した。その一つが、ピーエール・ロティが書いた「お菊さん」(メサジェがオペラ化)であり、ジョン・ルーサー・ロングの「蝶々夫人」だった。この小説をもとに戯曲に直し、お芝居として売り出したのが、興行師のデイヴィッド・ベラスコだった。ニューヨークで大成功を収め、ロンドンでも上演した。そのお芝居を見たのが、プッチーニだった。すっかりヒロインに魅了され、すぐに楽屋を訪ね、オペラにしたいと申し出た。純真で可愛くて、愛する人のために命をも投げ出す、けなげな蝶々さんは、プッチーニ好みの理想の女性だった。「ラ・ボエーム」のミミや「トゥーランドット」のリューと同じように。プッチーニは、当時ヨーロッパで評判になっていた川上貞奴の舞台をミラノまで見に行き、イタリア公使夫人の大山久子から日本音楽の楽譜などを手に入れて、蝶々さん像を膨らませていく。途中で自動車事故のために入院して遅れたものの、1903年の12月には、蝶々さんが無事に生まれ出た。そして1904年2月17日、「蝶々夫人」は、ミラノ・スカラ座で初日を迎えたのだ。

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