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2024.02.10

美しい「蝶々夫人」を現在(いま)に引き継ぐ。飯塚励生【再演演出】インタビュー

美しい「蝶々夫人」を現在(いま)に引き継ぐ。飯塚励生【再演演出】インタビュー

2006 年、2008 年のプロデュースオペラ「蝶々夫人」で栗山昌良氏の演出補を務められ、2024 年の上演で本作の再演演出にあたられる飯塚励生さん。現在、さまざまなオペラで活躍されている演出家にお話をうかがいました。

−栗山氏の演出について、記者会見でお話しいただきましたが、稽古の中で印象深かったことはありますか?

◆「蝶々夫人」記者会見レポートはこちら

やはり脇役に非常に厳しかったというのが印象に残っています。スズキに関しては、蝶々さんが3年間抱き続けたピンカートンへの愛を感じて涙を流す…というところなど、本当に厳しく稽古されていました。
私は助手を務めながら一つ一つ先生のおっしゃることに感動して、宝物のように感じて、一生懸命、たくさんのメモをとりました。(スコアを見ながら)ここは鉛筆の色が違うから全部一気に言っているわけではないんですよね。先生は歌手に対して一度に答えを与えるのではなく、少しずつ考えを伝えていました。“教える”のではなく、歌手に自ら学ばせる。要するに、教えてしまえばそれで終わってしまうのですが、自分で繰り返し考えさせることで、歌手にとってはそこで学んだことが永遠の宝物になるのです。アイルランドには、「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えなければならない」というような諺があって、つまり、ある男に魚をあげても1日食べればなくなってしまうが、彼に魚の釣り方を教えれば、それから先ずっと食べることができるということです。
私は先生の研修所には関わってないのですが、話を聞くところによると、例えば登場するシーンだけで何度もやらせる。「はい、もう一回行って」と、具体的な指示をせずにやり直させるのですが、歌手はなぜ先生が良しとしないのか、自ら考えることでだんだんと分かってきて、それから先にも活きるのです。

−励生さんも演出するにあたってはそのように「学ばせる」方法をとられるのでしょうか?

私は、演出する前に役者をしていて、その前には学校の先生をしていました。ニューヨーク・ユニバーシティでは教育学部を卒業、教育演劇学部を修了しましたので、学ばせることを大切にするという意味では、通じるところがあるかと思います。

演出のテクニックとしては、栗山先生は日本舞踊などにも通じていたので、お年を召してからも非常に綺麗に、ご自身の体で立ち居振る舞いや所作を表現されることがありました。
私も役者をしていましたので、ある程度は動きなどのお手本を見せられるのですが、相手は絶対に同じことを真似できないですよね。だから見せるよりも、「こんなものはどうだ」と説明して、その人の体なりにやらせる方法を、最近は取り入れています。

−「最初に栗山氏の『蝶々夫人』を観たとき、非常に感銘を受けた」と記者会見でおっしゃっていました。ニューヨーク育ちの励生さんから観て、どのように映ったのでしょうか?

私は日系2世なのですが、28歳までニューヨークに居ましたから、当初は日本を舞台にした「蝶々夫人」の演出に取り組むのには複雑な思いがありました。日本人のお客様が観て、「この人は日本の文化が分かっていない」とか「芸者はそんな風に動かない」とか言われるのではないか、とトラウマのように思っていました。
だけど、色々と調べるとプッチーニ自身も日本に来たことはないのに、「さくらさくら」などのテーマも取り入れながら素晴らしい音楽を書いている。そのことを知って、少しそのトラウマが解消されてきたのに加え、栗山先生の演出を観て自信が沸いてきたのです。その美しさはやはり日本的ではあるのですが、何より音楽に沿っている。作曲者と演出家がお互いの文化をリスペクトしているようで、文化を超えた両者のつながりを感じました。

−今回の上演に関して、佐渡監督も励生さんと一緒に新しいものを作りたいとおっしゃっていました。意気込みをお聞かせください。

まだ佐渡さんとは具体的な話をしていませんが、いつものように稽古場で、「こんなのはどうだろうか」とディスカッションを重ねて作品を作れると思うので、非常に期待しています。
実は、栗山先生が亡くなる前、もう2年ぐらい前から、先生には「(2024年の上演では)励生がやりたいことをやれと」許可をいただいていました。もちろん、この美しいマスターピースをやりたい放題にしようとは思いませんし、先生の遺したものをキープしたいとは思っていますが、やはりそれなりに自分の味も自然に入ると思います。例えば、アメリカ育ちの日系人の視点として、シャープレスやケイト・ピンカートンの扱いは違いが出るかもしれません。またシャープレスはアメリカ人のエドワード・パークスさんと、ヨーロッパを長らく拠点にしている髙田智宏さんが歌うので、彼らの経験からくる解釈も踏まえてディスカッションすることで、新しくなるところもあるのではないでしょうか。

−励生さんは、芸術監督プロデュースオペラでは2013年の「セビリャの理髪師」で演出を務めたほか、演出助手・演出補としては開館当初の「ヘンゼルとグレーテル」「蝶々夫人」に始まり、昨年の「ドン・ジョヴァンニ」まで、長年関わられていますね。

佐渡さんとはいつも楽しみながら仕事させていただいています。
特に今回、佐渡さんは私よりも栗山先生の「蝶々夫人」を長く経験していて、私の知らないことも補ってくださると思いますから、一緒に作品を作れるのはありがたいです。

兵庫のお客様はとてもあたたかいですし、特にコメディーの時には反応が早いですよね。
演出助手として初日から千穐楽まですべて客席から舞台を観て、もちろん歌手にダメ出しなどもしなければいけないのですが、お客様の反応を浴びるのは一番の楽しみです。開館当初から見ていて、その反応、喜び方がだんだんとリッチになっていて深みを増しているように感じています。

−「お客様の反応がリッチ」というと、励生さんが演出課に所属されていたメトロポリタン歌劇場(MET)と比較しても感じられることなのでしょうか?

METはお客様の層が大きく3つに分かれています。まずはパトロンの方。それから観光客。そして(チケットが安価なので)毎回観にくるファミリーサークルを買うお客様がいます。パトロンとファミリーサークルのお客様は、オペラをよく分かって楽しんでいるので、喜び方が同じです。
兵庫では、そういった客層の違いに関係なく、お客様は皆、METのパトロンや常連客と同じように感動して、喜んで、笑って、泣いてくださる。ファンベースが非常にオペラにマッチしているという感じで、毎回、客席でそれを実感できるのがありがたいです。

−栗山氏の演出、そして兵庫のお客様をよく知る飯塚励生さんが作りあげる2024年の「蝶々夫人」。感動の舞台をどうぞお楽しみに!

■公演情報■
佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2024「蝶々夫人」

【全3幕/イタリア語上演・日本語字幕付/改訂新制作】
2024年7月12日(金)~21日(日) ※16日、19日は休演
兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール

■「蝶々夫人」特設ウェブサイトはこちら■

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