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2026.07.01

「カルメン」をより楽しむために~作品解説その3

「カルメン」をより楽しむために~作品解説その3

7月17日に開幕を控えたプロデュースオペラ「カルメン」。
公演をより楽しむためには、少し予習をしていただくことがオススメです。
オペラ研究家の岸純信さんによる作品解説を、公演前にぜひお読みください。

■解説その1「◎作品の成立背景」はこちら■

■解説その2「◎登場人物とあらすじ」はこちらく■

◎《カルメン》の音楽
text by 岸 純信(オペラ研究家)

オペラの歴史はフランス革命を機に大変革を遂げます。イタリアではカストラート(去勢歌手)の育成が禁止され、ドイツ語圏では宮廷作曲家の職が激減しますが、フランスでは「地方色 Couleur locale」を好むようになりました。

革命前のフランス宮廷は「舞台上での生々しさ」を嫌いました。例えば、「死をステージで直接表現するのはご法度」「近い時代や近い場所の話は品がない」「人間の心理は今も昔も変わらないから、俳優やオペラ歌手が時代劇の格好をするのは良くない」とされたのです。

ところが、革命がその種の概念をことごとく否定した結果、19世紀のフランス・オペラでは客席の好みが180度変わり、「行ったことも無い土地の話をオペラ化するなら、その地域特有の要素を盛り込むべきだ」となり、歌劇場の側も、「舞台を見れば、外国旅行の楽しさが味わえますよ」といわんばかりに、エキゾチックな風土の描写に努めました。

作曲家ビゼーも、持ち前の音楽センスを駆使して、「見知らぬ国」を描き続けました。例えば、注目作の《真珠とり》(1863)では、設定を島国のスリランカに置き、合唱を多用して曲の切れ目を極力減らすことで、「果てしない大海原」を観客に想像させたのです。

そうしたビゼーだけに、スペインが舞台の《カルメン》でも、大いに工夫しながら「音の地方色」を作り上げました。まずはローカルなリズムと打楽器の活用です。カルメンがホセを誘惑する〈セギディーリャ〉は、南スペインのアンダルシア由来の、速い3拍子の舞曲から発想されたものですし、〈ボヘミアンの唄〉の三重唱で聴こえる涼やかなトライアングルは、深夜の空気を印象づける一興でしょう。また、全曲中最も有名な〈ハバネラ〉は、中米ハバナで生まれた2拍子の舞曲を基にしています。付点のリズムがエスニックな感を呼び起こし、ロマの女カルメンの「正体不明の妖しさ」を表すにも打ってつけの曲調です。

ところが、この〈ハバネラ〉には著作権の問題が潜んでいました。ビゼーが急ごしらえで作ったこの曲の元歌は、スペイン民謡ではなく、セバスチャン・イラディエール(1809-65)作の歌曲〈エル・アレグリート〉でした。この曲の版権は、ビゼーの出版社であるシューダンス社ではなく、ライヴァルのウジェル社が持っており、《カルメン》初演の日に招かれた同社の重役たちは、そのことにすぐ気づいたそうです。音楽学者ラコンブが、彼らがビゼーと直接話した内容を紹介しています(訳:筆者)

「数日後、我々はビゼー氏に言った。『友人として訊きますが、あの歌は本当にあなたが作ったものですか?』『いいえ。ある晩、スペイン人の女性が口ずさんで教えてくれました。大衆的な歌だそうで』『否。[…]あれは非常に有名な歌ですが、著作権のない大衆的な歌ではありません。ちゃんと作者がいます。あなたの〈ハバネラ〉を作ったのは、かの有名なイラディエール氏です。[…]」

驚愕したビゼーは、《カルメン》の楽譜に断り書きを載せ、寛大なるウジェル社がそれを黙認したことで、この名曲は無事世に広まりました。イラディエールの原曲はカラッとした味わいですが、〈ハバネラ〉が醸し出す「薫香のような熱気」は、やはり、ビゼーの天才性なればこその音の息吹なのです。

なお、本作では、冒頭の前奏曲も有名です。その出だしを聴いた劇場支配人のデュ・ロクルは、あまりの賑やかさに思わず「インドシナ半島の音楽?」と漏らしたそうですが、途中からいきなり不気味に響き渡る点も興味深いですね。音楽学者ド・ソリエルは、ここの構造を「オペラの三大テーマを打ち出す曲。打楽器が華々しい『闘牛』、マーチのリズムが頼もしい『闘牛士』、カルメンと結びつく『運命』が強烈に響きわたる」と分析しますが、その通り、最初の華々しさと最後の『運命』の深い闇の対照の妙が印象的ですね。第3幕の〈カルタの三重唱〉の終盤で、妹分2人の喜びとカルメンの焦燥感が合わさる瞬間と共に、この作曲家ならではの複層的な音運びを体感して下されば幸いです。

なお、オペラで加わった純情娘ミカエラの歌は、ビゼーの師グノー譲りの「楚々たる甘美さ」に溢れるもの。第3幕への詩的な間奏曲(ハープとフルートのやりとりが格別の静けさを醸し出す)と並んで、ドラマの一服の清涼剤として機能します。また、第2幕のスピーディーな五重唱は、フランス語ならではの「短い音の畳みかけ」が活きる場面ですが、これも、グノーのオペラ《いやいやながら医者にされ》の六重唱を手本としています。このほか、第3幕の〈税関吏は男前〉も、凄絶なる悲劇のドラマに、しばしの気分転換を与えるべく、ビゼーが巧妙に計算して書いた明るいアンサンブルなのです。

ところで、今回のプロダクションには、特筆すべき箇所があります。それが、第3幕の〈決闘の男声二重唱〉が全小節歌われることです。兵庫県立芸術文化センターでは、以前の《カルメン》上演でも、この部分をカット無しで演奏しましたが、現在では非常に珍しい実演例でしょう。エスカミーリョの歌声に絡まるヴァイオリンのソロなど、闘牛士の優越感を象徴すべく、ことさらしなやかに響き渡り、ホセの劣情を煽るのです。どうぞお楽しみに。

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■解説その2「◎登場人物とあらすじ」はこちら■

 

佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2026 「カルメン」
2026年7月17日(金)~26日(日) 全8公演 各日2:00PM
兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
公演の詳細はこちらから
※チケットは予定枚数を終了しております

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